「その仕事を判断できる人は、いま何人いますか」
「うちも共有はやっています」——引き継ぎ書もマニュアルもある。それでも確認が減らないのはなぜか。何をもって「渡った」と言えるのか、その測り方をお話しします。
※ この記事は、複数の事例を参考に構成したモデルケースです。特定の企業を指すものではありません。
「うちも共有はやっているんです」
岩手県内の、社員二十名ほどの会社を思い浮かべてください。社長がそう言って、棚から分厚いファイルを出してきます。引き継ぎ書。手順書。前任者が退職前の一か月で作ったものです。
中を開くと、たしかに書いてあります。手順が、順番どおりに。
それでも、その仕事についての確認は、いまも週に何度も社長のところへ来ます。
国の白書が、これを経営の土台と呼んでいます
2026年版小規模企業白書(中小企業庁、2026年4月公表)に、「経営リテラシーへの取組状況」という調査があります。経営者が持つべき基本的な力を四つの分野に分け、小規模事業者がそれぞれどれだけ取り組めているかを見たものです。
そのなかに、「ノウハウの蓄積・共有」という項目があります。白書はこれを、業務上のノウハウ(技術・知識・経験)が特定の従業員に依存しないよう、組織として蓄積・共有に取り組むことと定義しています。
取り組んでいると答えたのは、48.8%でした。
同じ調査で、品質管理は69.3%、従業員の労務管理は70.5%、原価管理は67.8%。ノウハウだけが、はっきりと低い。 二社に一社は、まだ手をつけられていません。
これは、取り組めていない会社が怒られるべきだという話ではありません。手順や品質や労務と違って、ノウハウは「やったかどうか」が見えにくいということです。
「書いてある」と「渡っている」は、別のことです
手順書に書けるのは、手順です。
書けていないのは、その手前にある判断のほうです。なぜこの順番なのか。どこで例外にするのか。何を見て、こちらを選んでいるのか。
新しい人が手順書を読んでも社長に聞きに来るのは、目の前の件が手順書のどの行に当たるのか、自分で決められないからです。
渡ったかどうかは、書類の厚さではなく、次の人が決められるかどうかで分かります。
だから、この三つで測ります
私たちがお手伝いするときに見る数字は、三つだけです。
- 社長に確認しないと決められない事項の件数 —— 判断が社長に集中している度合い
- その仕事を判断できる人の数 —— 知識が会社に移った度合い
- 対象業務の月間時間 —— 1と2の結果として、あとから動く数字
順番が大事です。三番目の時間は、いちばん最後に動きます。
時間の削減は、価値ではなく証拠です。 人が育った結果として、あとからついてきます。逆に、人が育つ前に時間だけが減っているなら、たいていは誰かが無理をしているか、見なくなったものがあります。
三か月で成果が出るとは、申し上げません
90日目に見るのは、作ったものが使われているかどうかだけです。○×で確認します。成果とは呼びません。
6か月目に見るのは、その仕事を判断できる二人目が立ったかどうか。
1年後に見るのは、会社に何が残ったかです。
今週やる、一つ
先週一週間で、社員から確認を求められた事項を、思い出せる範囲で五件書き出してみてください。
そのうち、「これは本当に自分でなければ決められない」というものに○をつけます。
○がつかなかったものが、渡せる候補です。五件全部に○がつくことは、まずありません。それは社員が弱いからではなく、渡す形になっていないだけです。
一年後の、最後の確認
数字とは別に、もう一つ見ていただくものがあります。
次の人に、社長の前で、実際の判断を一件説明してもらうことです。「何をするか」ではなく、「なぜそう判断するのか」まで話せたら達成です。
数字よりも、社長ご自身に伝わります。