「部屋割りは、女将のノートにしかありません」
予約表に書いてあるのは、名前と人数と部屋タイプだけ。あの方は階段がつらい、この二組は隣にしない——本当に大事なことは、女将の頭の中にあります。
※ この記事は、複数の事例を参考に構成したモデルケースです。特定の企業を指すものではありません。
夜九時。帳場で、女将が明日の部屋割りを組んでいます。
岩手県内の、客室十二室の温泉宿を思い浮かべてください。従業員は、パートを含めて八名。
予約表に書いてあるのは、名前と人数と部屋タイプだけです。
でも、女将が組んでいるのはそれではありません。あの方は階段がつらいから二階は避ける。この二組は前に廊下で揉めたから隣にしない。あちらのご夫婦は毎年同じ部屋を楽しみにしている。
これが、どこにも書いてありません。
「うちは私が組まないと回りません」
その通りです。実際、回りません。
だから女将は休めません。体調が悪い日も帳場に座ります。組める人が他にいないからです。
これは能力の問題ではなく、置き場所の問題です。組めるだけの材料が、女将の頭の中にしか置かれていない。
お客様の好みは、覚えるものではなく、置いておくものです。
人を増やして解決する話ではありません
厚生労働省「労働経済動向調査」(令和8年5月)によると、宿泊業・飲食サービス業のパートタイム労働者過不足判断D.I.は プラス42ポイントでした。全産業平均のプラス27を大きく上回り、全産業の中でも最も人手不足感が強い部類です。
人は、増やそうと思って増やせる状況にありません。
だとすると、道は一つです。いま居る人で組めるようにすること。そのために要るのが、女将の頭の中にあるものを外に出すことです。
台帳ソフトを入れる前に
顧客管理システム、予約管理ソフト、タブレット。ご相談を受けると、たいていこの話から始まります。
でも、それらが速くするのは「探す」ところです。いま無いのは、探す先にある中身です。
中身が空のまま道具を入れると、入力の仕事だけが増えます。そして三か月で誰も入力しなくなります。
先に中身を作ります。道具はその後です。
予約表の余白に、一行
新しい帳面は要りません。いま使っている予約表の、名前の横で結構です。
「2階の階段つらい/夕食は少なめが良い」
一行です。書くのはチェックアウトの後、思い出せるうちに。十秒で終わります。
次にその方が予約されたとき、女将でなくても同じ部屋を用意できます。それが目的です。
まず、また来られる三組だけ
全お客様分は要りません。最初から全部やろうとすると、必ず途中で止まります。
今週泊まられたお客様のうち、また来られそうな方を三組選ぶ。予約表の余白に、一行だけ書く。
次にご予約が入ったとき、その一行を見た誰かが「あ、二階は避けよう」と言えば成功です。誰も見なければ、置き場所が悪いということが分かります。それも収穫です。
常連は、記憶ではなく記録で作られます
「よく覚えていてくださいましたね」——その一言をいただくために、女将が全部覚えている必要はありません。
書いてあれば、誰が出迎えても同じ一言をいただけます。
女将が休んだ日にも、その宿はいつもの宿でいられます。