「あの子の見方が、園長の頭の中にしかない」
朝七時半。門が開く前に、園長はもう一度、今日の配置を組み直します。人が足りないからではありません。今日どの子に誰がつくかを決められるのが、園長ひとりだからです。
※ この記事は、複数の事例を参考に構成したモデルケースです。特定の企業を指すものではありません。
朝七時半。門が開く前に、園長はもう一度、今日の配置を組み直します。
岩手県内の、定員六十名の認可保育園を思い浮かべてください。職員は十二名。今日は一人、休みです。
組み直す理由は、人が足りないからではありません。今日、どの子に誰がつくかを決められるのが、園長ひとりだからです。
決めているのは、シフトではありません
決めているのは、配慮です。
あの子は大きな音が苦手だから、遊戯室の時間は誰かがそばにいる。あの子は昼食前が崩れやすいから、その時間に慣れた先生を残す。あの子のお母さんは、今月は特に急いでいるから、お迎えのときに長く話しかけない。
これは表に書ける情報ではありません。だから園長の頭の中にあります。そして園長が休んだ日、園は回ることは回りますが、いつもと違う一日になります。
「言葉にできないから、教えようがない」
そう言われます。実際、難しいことです。
でも、難しいのは「あの子の性格」を言葉にすることであって、何が起きて、何をしたら落ち着いたかを書くことではありません。後者なら書けます。
人柄は書けなくても、場面は書けます。
「十時十五分、遊戯室に入る前に泣いた。廊下で二分待ってから入ったら大丈夫だった」。これで十分です。三行書けば、次の人が同じ手を打てます。
これは、その園だけの話ではありません
こども家庭庁の令和7年度子ども・子育て支援等推進調査研究事業「保育士等の意識及び業務負担軽減に関する調査研究」報告書(令和8年3月)によると、保育の現場で対応が困難なこととして「発達に課題のあるこどもへの対応」を挙げた保育士は 62.7% でした。全国一万六千人あまりの保育士の回答で、最も多い項目です。
困難だと感じている人が三人に二人いる。つまりこれは、園長の力量の問題ではなく、現場の共通の重さだということです。
重いものを一人で持っているから、代われる人がいない。
記録を増やす話ではありません
「これ以上、書くものを増やせません」——その通りです。増やしません。
日誌も、指導計画も、児童票も、そのままで結構です。足すのは、気になった子について一日三行だけ。様式は要りません。スマホのメモでも、連絡帳の裏でも構いません。
大事なのは、次の人が読めるところに置くことだけです。園長の手帳の中にあると、それは記録ではなく、まだ頭の中の続きです。
まず、今週の一人だけ
全員分は要りません。
今週いちばん気になった子を一人選ぶ。その子について、「いつ・何があって・何をしたら落ち着いたか」を一日三行だけ残す。それを、職員が見られる場所に置く。
金曜に、園長以外の誰かがそれを読んで「なるほど」と言えば成功です。何も伝わらなければ、書き方が足りないと分かります。それも収穫です。
園長が休める園は、子どもにとっても良い園です
配慮が書き出されていくと、園長が見ていなくても同じ手が打たれるようになります。
それは園長が楽になる話であると同時に、その子にとって、誰が担当でも同じ配慮が届くという話です。
引き継ぐために書くのではありません。今日、その子のために書きます。