「勘と経験は、書き出せます」
「うちのは勘だから教えようがない」と言われます。でも一緒に牛舎を回ると、見ている項目は言葉になります。勘と呼んでいるものを、渡せる形にする話です。
※ この記事は、複数の事例を参考に構成したモデルケースです。特定の企業を指すものではありません。
「うちのは勘だから、教えようがない」
畜産の方から、よく聞く言葉です。謙遜ではなく、本当にそう思っておられます。
岩手県内の、繁殖牛を三十頭ほど飼っている農家を思い浮かべてください。父から継いで三十年。息子さんは県外で働いていて、戻るかどうかはまだ決めていません。
「勘」の中身を、聞いてみると
牛舎を回りながら、何を見ているか聞かせてもらったことがあります。
最初は「なんとなく」と言われます。でも一頭ずつ一緒に歩くと、こう出てきます。
「この子は今朝、餌のところに一番で来なかった」
「反芻の回数が少ない」
「鼻が乾いてる」
「立ち方が、後ろに体重がかかってる」
四つ、はっきり言葉になりました。
これは勘ではありません。毎日見ている観察項目です。ただ、見ていることを本人が意識していないだけです。
なぜ「教えようがない」と思うのか
理由は二つあると思います。
一つは、答えではなく問いを渡さないと伝わらないからです。「この子は今日、様子がおかしい」は答えです。答えだけ渡されても、次の牛には使えません。渡すべきは「餌場に来る順番を見ろ」という問いの方です。
もう一つは、基準が自分の中にしかないからです。「反芻が少ない」の少ないは、何回と比べて少ないのか。三十年見てきた平均が、頭の中にあります。それを一度も数字にしていない。
だから継げないと感じる。実際には、書き出せます。
継ぐ相手は、もう多くありません
2025年の農林業センサス(令和7年2月1日現在)では、基幹的農業従事者は 102万1千人、五年前から 25.1% 減りました。農業経営体そのものも 82万8千で、23.0% の減少です。
五年で四分の一が減っています。これは、継ぐ人が減っているというより、継ぐ前に終わっているということだと思います。
書き出す作業を「いつか時間ができたら」にしておくと、たいてい間に合いません。
渡す相手が決まっていなくても、渡せる形にしておくことはできます。
むしろ順番は逆で、渡せる形があるから、継ごうという人が出てきます。何も無いところに「俺の背中を見て継げ」と言われて、継ぐ人はなかなかいません。
道具の話は、そのあとで
牛の首につけるセンサー、発情を知らせるシステム、体温の記録。畜産にも道具は増えました。効く場面はあります。
ただ、センサーが教えてくれるのは「いつもと違う」までです。違うと分かったあと、何をどう見て、どう決めるかは、やはり人の判断です。
その判断が書かれていない農場にセンサーを入れると、通知だけが増えます。通知を見て動けるのは、結局いつもの一人だけです。
まず、今朝見た四つを書く
おすすめしているのは、こういう始め方です。
今朝、牛舎を回りながら見たことを、四つだけ書く。
「何番、餌場に来るのが遅い」で構いません。書くのはスマホのメモでも、壁のカレンダーの余白でも構いません。
一か月続けると、自分が毎日何を見ているかの一覧ができます。それが、いま「勘」と呼んでいるものの正体です。
そして三か月分たまると、「この見え方のときは、こうなることが多い」という並びが見えてきます。そこまで来れば、人に渡せます。
三十年を、一枚に
三十年かけて身につけたものを、一日で渡すことはできません。
でも、毎朝四つずつなら、渡せる形にしていけます。息子さんが戻るかどうか決まっていなくても、渡せるものがある家と、無い家では、話が変わってきます。
まず、四つからで大丈夫です。
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