「その段取り、ベテランが辞めたら誰が組みますか」
同じ図面でも、段取りの時間は人によって二倍三倍変わります。速い人が速いのは手が速いからではなく、決める順番を知っているからです。その順番を、辞める前に書き出す話をします。
※ この記事は、複数の事例を参考に構成したモデルケースです。特定の企業を指すものではありません。
同じ図面を渡しても、段取りにかかる時間は人によって変わります。二倍、三倍という差がつくこともあります。
岩手県内の、社員十数名の金属加工の工場を思い浮かべてください。創業から四十年、社長のほかにベテランが二人います。若手も三人入りました。仕事は途切れていません。
ただ、ベテランのうち一人が、来年で六十五歳になります。
その差は、手の速さではありません
若手が遅いのは、機械の操作が下手だからではありません。操作はもう覚えています。
遅いのは、決める順番が分からないからです。
どの面から削るか。どこを基準に取るか。治具は作るか、あるもので済ませるか。ベテランは図面を見た数十秒で、この順番が頭に浮かびます。若手は一つずつ考えて、迷って、聞きに行きます。
聞かれたベテランは答えます。答えは正しいので、その仕事は進みます。
でも、なぜその順番なのかは、伝わっていません。だから次の図面でも、また聞きに来ます。
「見て覚えろ」で、覚わったことと覚わらなかったこと
見て覚えられるものは、あります。手の動き、力の入れ方、音の聞き分け。これは確かに、言葉にしにくい。
一方で、見ても覚わらないものがあります。頭の中で決めていることは、見えないからです。
削っている姿は見えます。でも「この材料は反るから、先に荒取りして寝かせる」という判断は、見ても分かりません。本人が言わない限り、そこにあることすら気づかれません。
技能継承が進まない理由は、たいてい後者です。
道具を先に入れても、同じところで止まります
2025年版のものづくり白書には、デジタル技術を導入するときの人材確保について、こんな数字が載っています。約六割の企業が社内の人材の活用・育成で対応し、約二割五分は新たな人材を採らず、導入した部署にいる人だけで進めている(JILPT「ものづくり産業におけるDXと人材育成に関する調査」2025年5月)。
つまり多くの工場では、道具を入れても、使うのは今いる人です。
その今いる人が、ベテランの判断を知らないままなら、道具が変わっても答えは出ません。生産管理システムを入れても、標準時間を入力するのはやはりベテランです。
入れるべき中身が無いまま、入れ物だけ先に買っている。
「うちは図面ごとに違うから、書けない」
よく言われます。その通りだと思います。同じ図面は二度と来ません。
でも、書けないのは図面ではなく、図面を見たときに何を先に見ているかです。
材質を先に見るのか、公差を先に見るのか。数量で段取りを変えるのか。この「見る順番」は、図面が違っても変わりません。むしろ、違う図面が来ても同じことをしているから、ベテランは速いのです。
同じ白書には、石川県の溶接部品メーカーが、ベテラン職人のノウハウを社内で共有する「トラの巻」を自社で作った事例が載っています。特別なシステムではありません。若手と一緒に作ったところが、この会社のうまいところだと思います。
まず、今週の段取りを一つだけ
全部を書こうとすると、まず続きません。
おすすめしているのは、こうです。
今週やった段取りを一つ選んで、「なぜその順番にしたか」を三行書く。
書くのはベテラン本人でなくて構いません。むしろ若手が聞いて書く方がうまくいきます。聞かれた側は答えられますし、書いた側は自分の言葉になります。
週に一つで、一年で五十本。それだけあれば、次に入った人が読むものができます。
残るのは、機械ではありません
設備は買い替えられます。図面も残ります。
残らないのは、その設備と図面をどう使うかを決めてきた判断です。それはいま、あと数年で辞める方の頭の中にあります。
書き出すのに、システムは要りません。要るのは、聞く相手がまだ社内にいるうちに始めることだけです。
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